第16回演奏会

2003.2.23

指揮者 藤崎凡
独奏者  
演奏曲 モーツァルト 交響曲第29番イ長調
シューベルト 交響曲第8番ロ短調「未完成」
シューマン 交響曲第1番変ロ長調「春」
チラシ パンフレット

出演者
コンサートマスター 廣瀬 卓
第1ヴァイオリン 泉 勇気、大宮伸二、清永育美、定永明子、瀬畑健雄
東家容子、山下純子
第2ヴァイオリン 大宮協子、岡本侑子、清永健介、丁 睦美、中澤康子
古市敬子、山口祐子、山田容之
ヴィオラ 和泉希代子、太田由美子、杉谷耕治*、田代典子
村上万里*
チェロ 関 栄、瀬畑むつみ、東家隆典、松本幸二
コントラバス 桑原寿哉*、歳田和彦、中川裕司*
フルート 田島公敏、中澤邦男
オーボエ 橘 徹、吉田千草
クラリネット 岡村クミ、府高明子
ファゴット 柴田義浩、星出和裕
ホルン 伊藤友美、奥羽朋子*、河崎華奈、田中禎子*
トランペット 出口文教、福島敏和
トロンボーン 児嶋美穂*、寺本昌弘*、右田順二*
ティンパニ 福島 好*
トライアングル 山中美幸*

*賛助





































交響曲第29番イ長調K.201(モーツァルト)

 イ長調交響曲は6ヶ月前の1773年10月5日に完成された「小」ト短調交響曲と並んで、モーツァ
ルトのウィーン旅行後に書かれた5曲の交響曲の中での傑作とされるもの。編成は小さいが、深い
内容と確固とした構成をもった作品で、モーツァルトの交響曲創作はこのあたりからイタリアのシンフォ
ニアの様式を離れて、独自の新しい道を歩むようになる。ここにおいてイタリアの社交的、娯楽的な
様式はウィーンを中心とする交響様式と巧みに融合され、新しい世界を生み出したのであった。
 この第29番は、既にその冒頭から聴く者を驚かせる。
 すなわちヴァイオリンの第1主題に他の弦楽器はそれぞれ独立した動きで入念微妙に絡み合い、
それを支える。それは次第に力を増し、管楽器も加わって主題が反復されるのだが、その際ヴィオラ
とチェロはカノン風に主題を模倣し、内声を浮かび上がらせるのである。
 なお、この交響曲はミヒャエル・ハイドンの影響が濃い作品といわれているが、それは第1主題の
作り方にも認められる。弱奏に始まり、1オクターブにわたって1音ずつの上行を続けながら強奏に
盛り上げていく手法は、それまでのモーツァルトでは珍しいものであった。
 両端楽章に見られる主題の統一性、楽章内での多主題性(例えば第1主題第2主題提示の後で
示される新しい主題は、第2主題の副主題とでもいうべき性格をもっている)などは、明らかにウィーン
で学び取られたものであった。またメヌエットを除くすべての楽章がソナタ形式によっていること、展開
部と再現部がともに反復され、その後にコーダがつくことなども、モーツァルトのこの時期の交響曲の
特徴といえるものである。
 コーダは彼のそれまでの交響曲中、最も長大なもので、第1主題がフーガ風に処理され、強弱の
対比が図られるなど、工夫が凝らされている。
 第2楽章はニ長調のアンダンテ。室内楽的に入念に構成された楽章で、弱音器を付けたヴァイオリン
が弾き出す第1主題の旋律は優雅そのものである。しかも内声の豊かさが、その表現を一層深い
ものとしているのに驚かされるだろう。第2主題はイ長調で示されるこれも優美な旋律で、これも第2
主題を伴っている。全曲は弦楽四重奏を思わせる淡い色調で貫かれ、部分的に対位法の手法も取り
入れられて、独自の表現を作っているのはさすがといえるだろう。
 第3楽章はメヌエットだが、付点音符に支配されたリズミックな舞曲となっている。トリオはやや旋律
的なものでメヌエットと対比される。
 終曲の第4楽章はアレグロ・コン・スピーリトで、その指示通り活気に満ちたフィナーレとなっている。
オクターブの跳躍から成る第1主題は強い弾力性をもったもので、8分の6拍子で駆け抜けていく。
それに対し、第2主題は旋律的で第1主題と鮮やかな対照を示す。展開部はもっぱら第1主題の動機
で構成され、粘り強く反復されるが、緊張感は常に持続されて、聴く者に快い印象を与えずにはおか
ない。このフィナーレの構成法もミヒャエル・ハイドンの影響が明らかであるが、モーツァルトはそれを
一歩進めたところで実を結ばせている。
 この交響曲の後、モーツァルトの書法は、当時流行していた「華麗様式」と呼ばれる貴族的なスタイル
に一時期傾いていく。そして、それまでの集中的、統一的な性格がやや後退して、主題相互の関連も
交響曲本来の様式からいささかはずれた特徴を見せるのである。こうして3年半の中断の時期を迎える
のだ。


 










































交響曲第8番ロ短調D.759「未完成」(シューベルト)

 シューベルトの全作品の中で最もよく知られ、昔から数々の伝説や憶測を生んできたこの曲は、
1822年10月30日に着手された。このことは自筆楽譜に書いてあるので間違いはない。ただ、なぜ
第2楽章だけで終わり、通常の交響曲形式ではこの後に続くことになっている第3、第4楽章が無い
のかが謎のまま残っている。第3楽章となるはずだったスケルツォのスケッチは最初の9小節だけが
オーケストレートされ、あとは32小節までピアノ譜が続いたところで放棄されている。第4楽章は作曲
された形跡さえない。
 なぜこんなことになったのか。この謎をめぐってはいくつかの説があるが、現在最も一般的で説得力
のある考え方は、要するに作曲者シューベルト自身がこの曲を第2楽章終結時点で、一応の「完成」
された曲とみなしていたからではないか、というものである。それは聴き手の側が一番承知している
ことでもあり、現在のわれわれでさえも、今残されている美しい2つの楽章の後に、どんなスケルツォや
フィナーレが鳴り出すことも期待していない。今のままの「未完成」な形で聴き手の側としても十分満足
なのである。ただ、古典的な交響曲概念に当てはめてみると、「完成」された形にはなっていない、と
いうだけの話である。
 もっともそうだからといって、シューベルトが第3楽章以後の作曲を初めから放棄していたわけでは
ない。ただ、彼ほどの天才をもってしても、第1、第2楽章に続ける音楽を作曲できず、その時点でこの
曲を「完成」作とみなしたのであろう。ましてや、後世の人間の何人かが行った「<未完成交響曲>を
完成させる試み」など、無駄な努力というべきである。なお、彼がこの曲の作曲をいつ「中断」したのかは
わかっていない。
 作曲された1822年、シューベルトはすでに自ら感じ取っていた不治の病(梅毒であったとされている)
のために、25歳にして死を意識していた。そのようなとき、シュタイエルマルク音楽協会の名誉会員に
指定され、返礼として協会の役員ヒュッテンブレネルに第2楽章までのスコアを送り届けたらしい。ところ
がこの役員は後続の2つの楽章の成立を期待して楽譜をしまい込んでしまった。この曲が発見された
のは、それから43年もたった1865年5月1日、ウィーン音楽協会管弦楽団指揮者ヘルベックによって
である。その年の12月、シューベルト死後37年にして、この「未完成交響曲」は初めて実際の音楽と
して美しく鳴り響いたのだった。
 なお、シューベルトの失恋とこの曲の「中断」とを関連づけた伝説を基にした往年のオーストリア映画
「未完成交響楽」(1933年)では、全篇に第3楽章の断片を流して効果を上げていた。
 第1楽章、アレグロ・モデラート、ロ短調。チェロとコントラバスによる「あたかも地下世界からのような」
といわれる深い響きで始まる。この動機はあとでもところどころに出てくる。ヴァイオリンが細かく揺れ動く
上に木管が非常に美しい第1主題を優しく出す。ホルンが柔らかく反響し、一度盛り上がり、やがて
チェロがやや型破りのト長調で、憧れを秘めた優美な第2主題を出す。ここまで聴いただけで、誰でもが
この曲の魅力に取りつかれてしまう。全篇が歌と美しいハーモニーに満ちあふれた傑作である。
 第2楽章、アンダンテ・コン・モート、ホ長調。シューベルトでなければ絶対に書けない天才的なひらめき
のある楽章。ことに付点リズムをもつ第2主題は木管と弦が神秘的に絡み、絶妙な転調効果とともに
たとえようもなく美しい。
 以上の2つの楽章の後に、どんな第3、第4楽章を置けば良いというのだろう?















































交響曲第1番変ロ長調Op.38「」(シューマン)

 1841年は、シューマンの「交響曲の年」と呼ばれることもある。クララ・シューマンとの3年間もの婚約
期間をおいて、その前半シューマンはしばらく幸せな家庭をもつことができ、しかもその年は、音楽史上
に有名な、シューマンの「歌の年」でもあった。
 年が明けて1841年1月にシューマンは「春の交響曲」の霊感に襲われた。それより以前、ピアノ曲と
いう形での表現力の限界を感じていた彼は、2年前の1839年に、自分で探し当て、メンデルスゾーンが
ゲヴァントハウスで公開したシューベルトの「ハ長調交響曲」に決定的な触発を受けていたのである。
当時の彼の理想はクララを妻とし、このシューベルトのような交響曲を書くことであった。そのひとつを手
に入れたシューマンは、無名の詩人アドルフ・ベッツガーの「谷間に春が燃え立っている」という詩の1行
を読むことによって、たちまちのうちに「春の交響曲」の作曲にとりかかることになった。着手して4日の
間にスケッチが完成した日、シューマンは日記にその喜びを率直に記した。
 「ばんざい!交響曲が完成した。」
 それは、1832年から33年にかけて取り組んだト短調交響曲での苦い経験を忘れさせる喜びだった
にちがいない。そのペンは、滞ることなく進み、2月20日に総譜の清書も終えていた。この年、作品52
の<管弦楽のための序曲、スケルツォと終曲>に続き、第二の交響曲も生まれる。その「交響曲」は、
最終的には「第2番」となることがなかったが、そしてその挫折から、翌年の「室内楽の年」がきたのかも
しれないのだが、「オーケストラの年」はシューマンにとっても貴重な一年であった。
 ザクセン王フリードリヒ・アウグスト二世に捧げられたこの曲は、最終的には、きっかけとなった「春」の
詩にまつわる表現を一切取り除いた形で出版されたが、作曲者にとって遅かった「春」の最後の謳歌で
あり、全曲を通して春の抬頭が伝わってくるような、シューマンの交響曲の中でもっとも生き生きとした
曲である。
 第1楽章、導入部はアンダンテ・ウン・ポコ・マエストーソ、変ロ長調、4分の4拍子。主部はアレグロ・
モルト・ヴィヴァーチェ、変ロ長調、4分の2拍子、ソナタ形式。提示部で弦が主に美しく、第1主題は、
序奏の音型とよく似ている。第2主題は、木管楽器で歌い出されるシューマンらしいメロディであるが、
テーマといえるほどの重要な役割を与えられていない。
 第2楽章、ラルゲット、変ホ長調、8分の3拍子。歌謡三部形式によってはいるものの、中間部が短く、
そこでの主題はないに等しい。とはいえ、きわめて静かで、美しく、また悲しげでもない「夕暮れ」を描い
たものだ。
 第3楽章、モルト・ヴィヴァーチェ、ニ短調、4分の3拍子、トリオが再現するスケルツォ。第2楽章から
休みなく続いて演奏される。ここでも、作曲の時のタイトル「楽しい遊び仲間」を思い起こしたい。
 第4楽章、アレグロ・アニマート・エ・グラツィオーソ、変ロ長調、2分の2拍子、短い序奏をもつソナタ
形式。活力にあふれた第1主題と、木管が歌い出す第2主題とが中心となっているが、後半のホルンと
フルートが語り合うようなカデンツァの部分を経て、しだいに高揚し、明朗をきわめてコーダにいたる。